別館ブログ 「深山草PHOTO DIARY」もよろしくお願いします。 http://miyamaso.blog.so-net.ne.jp/
先日、根室方面に撮影に出かけてきました。
期待した週末でしたが、本州から北上した低気圧の影響で大荒れの天気になってしまいました。
それでも一縷の期待(笑)を持って落石地区にある私の定番スポットに行きましたが、雨交じりの強風で、車の外に出ることすらできません。
やむなく、車の中からレンズを出して、列車の撮影をしましたが、今ひとつ。

予定では、春国岱で野鳥を撮影することにしていましたが、この雨では無理。
仕方がないので、根室のご当地グルメの一つ、「パンチライス」を食べようと、根室市内の某喫茶店を訪ねましたが、これが何と、休業。
踏んだり蹴ったり、おまけに空腹の三重苦(笑)。
せめてどこかで遅めの昼食を、と市内を走っていましたが、目的の喫茶店以外の情報がなかったので、やむなく目に付いた喫茶店に入ることにしました。
これが「一丁目」でした。

気がつけば、ブログ開設以来の累積アクセス数が900,000を超えていました。
3年前にブログをはじめてから、東京→北海道東部(北見地方)→北海道東部(根室地方)と2度の転居をしましたが、相変わらずのマイペースで続けてきました。
ブログの題名となった「150円の旅」は、鉄道のない町に住む身にとっては、すっかり縁遠くなってしまいました。
その代わり、最近は廃線・廃墟探索や写真撮影などが記事を占めるようになってきましたが、これもまた現在の私の姿ではあります。
以前記事に書いたように、当ブログはソネブロの容量制限の上限に近づいてきて、新ブログへの以降も時間の問題のようです。
どのあたりで区切りをつけようか、迷っている最中ですが、もう少し、このブログを書いてゆこうと思っています。
どうぞ、今後ともお付き合いくださいませ。
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ナツカシ系ナポリタンの味 (喫茶「1丁目」@根室) [オホーツク・グルメ]
先日、根室方面に撮影に出かけてきました。
期待した週末でしたが、本州から北上した低気圧の影響で大荒れの天気になってしまいました。
それでも一縷の期待(笑)を持って落石地区にある私の定番スポットに行きましたが、雨交じりの強風で、車の外に出ることすらできません。
やむなく、車の中からレンズを出して、列車の撮影をしましたが、今ひとつ。
予定では、春国岱で野鳥を撮影することにしていましたが、この雨では無理。
仕方がないので、根室のご当地グルメの一つ、「パンチライス」を食べようと、根室市内の某喫茶店を訪ねましたが、これが何と、休業。
踏んだり蹴ったり、おまけに空腹の三重苦(笑)。
せめてどこかで遅めの昼食を、と市内を走っていましたが、目的の喫茶店以外の情報がなかったので、やむなく目に付いた喫茶店に入ることにしました。
これが「一丁目」でした。

900,000アクセスありがとうございます! [雑記]
気がつけば、ブログ開設以来の累積アクセス数が900,000を超えていました。
3年前にブログをはじめてから、東京→北海道東部(北見地方)→北海道東部(根室地方)と2度の転居をしましたが、相変わらずのマイペースで続けてきました。
ブログの題名となった「150円の旅」は、鉄道のない町に住む身にとっては、すっかり縁遠くなってしまいました。
その代わり、最近は廃線・廃墟探索や写真撮影などが記事を占めるようになってきましたが、これもまた現在の私の姿ではあります。
以前記事に書いたように、当ブログはソネブロの容量制限の上限に近づいてきて、新ブログへの以降も時間の問題のようです。
どのあたりで区切りをつけようか、迷っている最中ですが、もう少し、このブログを書いてゆこうと思っています。
どうぞ、今後ともお付き合いくださいませ。
「生粉打ち名人」の打つ本格十割そばのお味は? (しれとこそば玉置屋 総本店@網走市) [オホーツク・グルメ]
少し前の話です。
友人と網走に出かけた折、前々から気になっていたお蕎麦屋さんで昼食をとることになりました。
お店は、道の駅「流氷海道網走」の正面にあります。
石造りの蔵を改装したと思われる重厚な外観。

しかし、入口の上の看板に書いてある「生打ち名人」って何? 疑問が解けぬまま(笑)、入店します。
正面から見ると、カウンターだけのお店に思えましたが、中に入ると、奥行きがあり、椅子席が6卓以上ありました。

友人と網走に出かけた折、前々から気になっていたお蕎麦屋さんで昼食をとることになりました。
お店は、道の駅「流氷海道網走」の正面にあります。
石造りの蔵を改装したと思われる重厚な外観。

しかし、入口の上の看板に書いてある「生打ち名人」って何? 疑問が解けぬまま(笑)、入店します。
正面から見ると、カウンターだけのお店に思えましたが、中に入ると、奥行きがあり、椅子席が6卓以上ありました。

殖民軌道調査 事始め その4(円朱別線の部分探索) [廃線踏査]
上風連市街の探索を終え、とりあえず先に進みます。茶内方面に向かって車を走らせるのですが、ひとつ目的地があります。
先日、偶然この近くを通った時、浜中村営軌道と書かれた案内板の先にコンクリートブロック造りの倉庫のような建物を見つけました。
しかし、その時はまだ雪が深く、近づくことは諦めました。今回はその場所に行ってみようと思っています。
その建物のあるあたりは「秩父別」で、茶内から来た軌道がここで3つの路線に分岐する駅です。
上風連から秩父別までは距離があるので、そこに行くまでに、軌道の遺構が残っていそうな、それも楽に見れそうな(笑)場所をいくつか訪ねてみることにしました。
いくつかの資料を見ると、秩父別-上風連を結んでいた殖民軌道円朱別線は東円朱別で大きく左に進路を変え、上風連に向かっているのですが、その終点は開南小学校(当時)近くにあったそうです。

この開南集落は現在もありますが、現在の上風連地区とは別の場所にあります。
先日、偶然この近くを通った時、浜中村営軌道と書かれた案内板の先にコンクリートブロック造りの倉庫のような建物を見つけました。
しかし、その時はまだ雪が深く、近づくことは諦めました。今回はその場所に行ってみようと思っています。
その建物のあるあたりは「秩父別」で、茶内から来た軌道がここで3つの路線に分岐する駅です。
上風連から秩父別までは距離があるので、そこに行くまでに、軌道の遺構が残っていそうな、それも楽に見れそうな(笑)場所をいくつか訪ねてみることにしました。
いくつかの資料を見ると、秩父別-上風連を結んでいた殖民軌道円朱別線は東円朱別で大きく左に進路を変え、上風連に向かっているのですが、その終点は開南小学校(当時)近くにあったそうです。

この開南集落は現在もありますが、現在の上風連地区とは別の場所にあります。
殖民軌道調査 事始め その3(風蓮線と円朱別線の交差する、謎の上風蓮) [廃線踏査]
この日、目指したのは上風蓮という集落でした。
上風連は北海道東部、別海町の南部に位置し、隣町の浜中町と境を接する、酪農の盛んな地区です。
この上風連には、奥行臼-上風蓮、厚床-上風蓮の風蓮線、秩父別-上風蓮の円朱別線が乗り入れていました。
この路線は敷設された時期も異なる上に、奥行臼-上風蓮間は別海村営軌道に、円朱別線は浜中村営軌道に移管されるなど、複雑な運命を辿っています。
今回、私が持参した地形図の一部がこちらになります。

分かりづらいかもしれませんが、地図の右上から降りてきて、上風蓮を通過しているのが殖民軌道風蓮線です。
この地図は大正11年測量され、、昭和36年に修正された1:50,000の地形図「姉別」の一部です。この地形図には、昭和40年に開通した円朱別線の軌道は記載されていません。
この円朱別線の路線が記載された地形図を入手するのは、これからの課題になります。
上風連は北海道東部、別海町の南部に位置し、隣町の浜中町と境を接する、酪農の盛んな地区です。
この上風連には、奥行臼-上風蓮、厚床-上風蓮の風蓮線、秩父別-上風蓮の円朱別線が乗り入れていました。
この路線は敷設された時期も異なる上に、奥行臼-上風蓮間は別海村営軌道に、円朱別線は浜中村営軌道に移管されるなど、複雑な運命を辿っています。
今回、私が持参した地形図の一部がこちらになります。

分かりづらいかもしれませんが、地図の右上から降りてきて、上風蓮を通過しているのが殖民軌道風蓮線です。
この地図は大正11年測量され、、昭和36年に修正された1:50,000の地形図「姉別」の一部です。この地形図には、昭和40年に開通した円朱別線の軌道は記載されていません。
この円朱別線の路線が記載された地形図を入手するのは、これからの課題になります。
ルパン3世三昧(笑)の駅 その3 (根室本線 姉別駅) [現役駅&廃駅訪問 根室本線編]
浜中町に所在する駅でルパン3世を探す旅(笑)。最後は姉別駅です。
根室本線は基本的に国道44号線と並行しているのですが、浜中町にある3駅は、国道から少々離れています。
そのせいか、交通の主役が鉄道から車に移ると共に、駅前もすたれていっているようです。
姉別駅前もまた、ひっそりして寂しい集落になっていました。

その中心にあったのが姉別駅でした。

根室本線は基本的に国道44号線と並行しているのですが、浜中町にある3駅は、国道から少々離れています。
そのせいか、交通の主役が鉄道から車に移ると共に、駅前もすたれていっているようです。
姉別駅前もまた、ひっそりして寂しい集落になっていました。

その中心にあったのが姉別駅でした。

ルパン3世三昧(笑)の駅 その2 (根室本線 浜中駅) [現役駅&廃駅訪問 根室本線編]
殖民軌道調査 事始め その2(春別線 春別川の軌道橋跡) [廃線踏査]
殖民軌道調査 事始め (春別線 上春別停車場付近) [廃線踏査]
いままで何度か殖民軌道について書いたり、実際に調査したりしてきました。
今回は詳しい解説は避けますが、道路網の発達していたかった昭和初期、北海道の開拓に大きく貢献したのが殖民軌道や簡易軌道と呼ばれる鉄道でした。
私はあるときに、この軌道のことを知り、特に「養老牛線」という路線に魅かれ、今も少しずつですが史料を読み返したりしています。
この春、偶然にも根室地区の町に住むことになったのですが、この周辺は北海道の他の地区に比べて殖民軌道が網の目のように張り巡らされていました。
これは調べるしかない(笑)。
これから、少しずつ周辺の殖民軌道、簡易軌道について調べていこうと思っているところです。
そんな時、この春まで同じ事業所で働いていた同僚が仕事で私の住む町に来ることになりました。
彼は、これまでも廃鉱調査、廃線調査にも同行してくれたことがあり……まあ、ぶっちゃけ、その「方面(笑)」が嫌いでもない人なので、ホストとして(爆)、当地の殖民軌道の痕跡を見ていってもらいたいと、案内役を買って出たのでした。
急なことだったので、十分な準備はできなかったので、軽く(笑)調査してみることにしました。
記念すべきスタートは、「春別線」です。私の手許には、春別線の軌道跡を知る古地図等はありません。
しかし、この路線に関しては、芳賀信一さんが著された「謎の殖民軌道」という労作があります。

これは地元に住む芳賀さんがこの殖民軌道の興亡を丹念に調査した記録なのですが、この本によると、上春別市街には軌道倉庫が残っているということでした。
また、これは以前にも訪れたことがあるのですが、春別川には軌道橋の橋脚の一部が残っています。
とりあえずこの2箇所をメインに、上春別-中春別間の軌道跡を探してみることにしました
まずは、上春別市街に向かいます。
今回は詳しい解説は避けますが、道路網の発達していたかった昭和初期、北海道の開拓に大きく貢献したのが殖民軌道や簡易軌道と呼ばれる鉄道でした。
私はあるときに、この軌道のことを知り、特に「養老牛線」という路線に魅かれ、今も少しずつですが史料を読み返したりしています。
この春、偶然にも根室地区の町に住むことになったのですが、この周辺は北海道の他の地区に比べて殖民軌道が網の目のように張り巡らされていました。
これは調べるしかない(笑)。
これから、少しずつ周辺の殖民軌道、簡易軌道について調べていこうと思っているところです。
そんな時、この春まで同じ事業所で働いていた同僚が仕事で私の住む町に来ることになりました。
彼は、これまでも廃鉱調査、廃線調査にも同行してくれたことがあり……まあ、ぶっちゃけ、その「方面(笑)」が嫌いでもない人なので、ホストとして(爆)、当地の殖民軌道の痕跡を見ていってもらいたいと、案内役を買って出たのでした。
急なことだったので、十分な準備はできなかったので、軽く(笑)調査してみることにしました。
記念すべきスタートは、「春別線」です。私の手許には、春別線の軌道跡を知る古地図等はありません。
しかし、この路線に関しては、芳賀信一さんが著された「謎の殖民軌道」という労作があります。

これは地元に住む芳賀さんがこの殖民軌道の興亡を丹念に調査した記録なのですが、この本によると、上春別市街には軌道倉庫が残っているということでした。
また、これは以前にも訪れたことがあるのですが、春別川には軌道橋の橋脚の一部が残っています。
とりあえずこの2箇所をメインに、上春別-中春別間の軌道跡を探してみることにしました
まずは、上春別市街に向かいます。
ルパン3世三昧(笑)の駅 その1 (根室本線 茶内駅) [現役駅&廃駅訪問 根室本線編]
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